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コロナ禍が歯科市場に与えた影響とは(2021年6月版)

日本で2020年1月中旬に初めて新型コロナウイルス感染症が確認されて以降、感染拡大は医療だけでなく日常生活や経済活動にも影響を与え、依然として感染再拡大と経済停滞の懸念に苛まれている状況です。
このような未曽有の状況は、歯科材料市場にどのような影響を与えたのか、振り返ってみたいと思います。

この記事は過去の記事を直近のデータをもとに改訂したものです。

コロナ禍で歯科材料市場はどうだったのか
https://www.yamakin-gold.co.jp/yn/ym143_market-trends/

医科と歯科の違いおよび材料による違い

公開されている統計を調べたところ、コロナ禍による影響の受け方が医科と歯科では異なり、さらに歯科材料の種類によっても特徴があることがわかります。

※患者数の推移や医療機関等への各種支援については、厚生労働省や各都道府県Webサイトに詳細にまとめられていますので、ここでは「市場」としてマクロ的視点で考察します。

3回にわたった緊急事態宣言

2020年3月13日に成立した改正新型インフルエンザ等対策特別措置法により、通算3回の「新型インフルエンザ等緊急事態宣言」(以下、緊急事態宣言)がなされました。(2021年6月24日現在)[1]

緊急事態宣言の履歴[1]

 

緊急事態宣言下では、不要不急の外出や都道府県をまたいだ移動の自粛などが求められ、感染拡大防止の対策が実施された一方、日常生活や経済活動に対して多大な影響を及ぼしたことが知られています。

診療報酬確定件数による医科と歯科の比較

社会保険診療報酬支払基金では、医療保険や協会けんぽ、共済組合といった管掌別およびその合計の診療報酬確定件数や金額などを、月報・年報として統計を公開しています。
このうち医科(入院外)と歯科の月別診療報酬確定件数の推移をコロナ禍前の実績で比較しました。

  1. 医科の診療報酬確定件数について
    コロナ禍前は1年の中で3月が最も件数が多かったのに対し、2020年は3月13日に新型コロナウイルス特別措置法が成立するなど、国民の間に感染症蔓延への不安が高まった時期にあたり、前月よりも減少しました。その後は5月まで急激に減少を続けました。
    この5月は各都道府県に出されていた緊急事態宣言が次第に解除された時期に相当し、解除後の6月から増加の方向に転じました。なお、2021年1月から3月の2回目の緊急事態宣言下では、初月は大きく減少したものの3月にはほぼコロナ禍前の件数に回復しています。

    出典:社会保険診療報酬支払基金「統計月報」[2]

     

    株式会社日経BPが配信するメディア「日経メディカルOnline」では、医師会員3,668人を対象に、2020年3月13日~17日に1年前の同時期との外来患者数の変化について調査をおこなった[3]ところ、「減っている」との回答が53.4%を占めており、診療報酬確定件数の統計と合致しています。
    この調査では、次のように患者の増減に診療科ごとの特徴が出ていることが述べられています。

    診療科ごとの患者の増減

     

    小児科や整形外科、消化器科の患者が減っている理由として、手洗いやマスクの習慣、集団生活の自粛により、インフルエンザや風邪、胃腸炎などの感染症が減ったことや、休校や外出控えによって部活動での受傷や子どものけがが減ったことを挙げています。また、感染を恐れて受診控えがあるといった医師の声も複数紹介しています。

  2. 歯科の診療報酬確定件数について
    歯科においても、コロナ禍前と比べ、1回目の緊急事態宣言時に大幅に受診件数が減少しました。
    歯科が医科と大きく異なるのは、新型コロナウイルス特別措置法が成立し、医科では減少に転じた2020年3月にあっても歯科の受診件数は前月より増加し、コロナ禍前と同等であったという点です。
    これは歯科診療の場合は医科の多くの外来診療と異なり、初診から診療完了まで計画的に数回の通院が実施されることによるものと推察できます。

    出典:社会保険診療報酬支払基金「統計月報」[2]

     

    さらに、2020年5月を「底」に増加に転じますが、すでに6月時点で過去の件数に迫るまでに回復していることが特徴です。
    これは、

    • 以前から計画的に進めていたものの、やむなく一時休止していた治療が再開された。
    • 通院を自粛していた患者が通院を開始した。

    といった背景が考えられます。
    その後、歯科では8月には2018年を超える件数に至り、2回目の緊急事態宣言では、その影響は見られません。

<参考>国民健康保険においても同様の傾向
社会保険診療報酬支払基金とともにもう一方の審査支払機関である公益社団法人 国民健康保険中央会による診療報酬確定件数でも、同様の推移を見せています。
なお、こちらは社会保険診療報酬支払基金より1ヶ月ほど遅れた波形を見せていますが、コロナ禍だからということではなく、2018年・2019年の波形も同様であることから、都道府県や市町村等からの委託経路や後期高齢者医療制度への対応といった仕組み上の要因と考えられます。

出典:公益社団法人 国民健康保険中央会「国保連合会審査支払業務統計」[4]

 

歯科で用いられる「材料によるコロナ禍の影響」

ここまでは「診療報酬確定件数からみたコロナ禍の影響」を考察しましたが、続いて歯科で用いられる「材料によるコロナ禍の影響」を考察します。

保険適用製品の出荷量

保険診療への影響を厚生労働省 薬事工業生産動態調査統計をもとに歯科材料の出荷量の観点から比較しました。
対象期間は、集計方法の大幅変更がおこなわれた2019年1月以降としています。

  1. 充填用コンポジットレジン
    コロナ禍において前年から出荷量が減少しており、前述の社会保険診療報酬支払基金による統計(歯科)の診療報酬確定件数に類似した動きを見せていることから、コロナ禍の影響があったことが読み取れます。
    さらに、2021年2月~3月は診療報酬確定件数がコロナ禍以前と同等であったことに対して、コンポジットレジンの出荷量はコロナ禍で大きく減少したことが特異な点です。

    出典:厚生労働省「薬事工業生産動態調査統計 月報」[5]

  2. 歯冠用硬質レジン
    診療報酬確定件数やコンポジットレジンの出荷量が前年比で減少した2020年・2021年の各上半期においても、歯冠用硬質レジンはコロナ禍の影響を受けていないことが読み取れます。このうち2021年は前述のコンポジットレジンとは異なり、コロナ禍前をしのぐ出荷量となっています。
    歯冠用硬質レジンは前歯に利用される割合が多く、日常生活や顔貌に影響する治療であることから、コロナ禍においても患者にとって優先したいものであったと推察します。

    出典:厚生労働省「薬事工業生産動態調査統計 月報」[5]

     

    なお、歯冠用硬質レジン出荷の波形が(コロナ禍前を含めて)診療報酬確定件数の動きに対して「ずれ」を生じている理由は次のことが考えられます。

    • 充填用コンポジットレジンとは異なり、歯科診療所でそのまま充填されるのではなく、歯科技工所での製作期間が必要であること。
    • 色調だけでなく築盛層に応じたラインアップを歯科技工所や販売店が多数在庫する必要があるため、メーカーが実施するキャンペーン時に出荷量が多くなること。

自由診療製品の出荷量

ここまで診療報酬確定件数や保険適用製品の出荷量を見てきましたが、保険適用外の診療への影響はどうでしょうか。
自由診療の治療件数や支払い金額を示す客観的統計が存在しないため、歯科切削加工用セラミックス(ジルコニアディスクなど)の出荷量を判断材料としたいと思います。

  1. 歯科切削加工用セラミックス
    医療系市場調査会社の株式会社アールアンドディが毎年発行する「歯科機器・用品年鑑2020年版」によると、歯科切削加工用セラミックスは、年平均およそ7%の割合で市場が拡大しています[6]
    したがって、コロナ禍の影響がなければ前年より増加し、「上に乗る」かたちになるはずです。
    果たして、これまで見てきた診療報酬確定件数や保険適用製品の出荷量とは異なり、保険適用の診療数(診療報酬確定件数)が回復するまで(2020年6月まで)の間、歯科切削加工用セラミックスの国内出荷量は前年を上回る実績となりました。年間累計でも2019年は25,561kg、2020年は26,412kgと過去の前年比(約7%)には及ばないものの、3.3%増加した格好です。

    出典:厚生労働省「薬事工業生産動態調査統計 月報」[5]

     

    公益社団法人日本歯科医師会のアンケートでコロナ禍において「自費診療の患者数については、『変わらない』が44.1%で最も多い」という結果[7]を出荷量から示した格好です。

歯科医療への信頼

健康保険組合連合会が2020年9月に実施した「新型コロナウイルス感染症拡大期における受診意識調査」では、「持病あり」群のうち、緊急事態宣言が出ていた頃(2020 年 4~5 月頃)において、感染拡大以前と比べて「通院する頻度を少なくしていた」あるいは「通院するのをやめていた」と回答した者に対し、受診控えの理由を質しています[8]
これによると、

  • 「医療機関で新型コロナウイルスに感染するかもしれないと思ったから」(69.2%)
  • 「外出自体をしないようにしていたから」(24.9%)

といった、感染を警戒したと考えられる回答が上位を占めています。

※「持病あり」群 2019年12月(国内で新型コロナウイルス感染者が確認される前)の状況として、持病(けがを除く)の治療(経過観察を含む)のために、医療機関に定期的に通院していた者。n=3,500人。

さらに日本歯科医師会では、新型コロナウイルス感染拡大による影響について、

  • 2020年1〜6月に受診をキャンセルした人は「現在治療中」の約2割、「現在中断中」の約3割。
  • 3〜4月のキャンセルが目立つ。
  • 5月以降、歯科受診や定期チェックを受ける人が徐々に増加。
  • すべての年代で、歯科受診を不安に感じる人は減少している。

と報告しています[7]

他方、コロナ禍でも受診を不安に感じない理由として、かかりつけ歯科医への信頼や衛生面への配慮、歯科医療を通じての感染拡大の報告がないことなどが挙げられています。

歯科診療件数が、1回目の緊急事態宣時こそ例年を下回る件数であったものの、その後は例年同様にまで回復したのは、歯科診療所での感染対策が日頃から確実であるということが報じられるなど、国民に認知されていることが要因と考えられ、歯科医療関係者が並々ならぬ努力を続けていることが偲ばれます。

口腔健康管理(口腔清掃)はウイルス感染への水際対策とされ、手洗い・うがいに加えて、「セルフケア」(丁寧な歯磨き)と「プロフェッショナルケア」(歯科医院での専門的クリーニング)の重要性が指摘されています[9]

全国的に新型コロナウイルスのワクチン接種が進んでいる中、一日も早く通常期の状態に戻り、患者のみなさんが、全く気兼ねなく歯科診療に訪れる日が来ることを期待します。

[1]厚生労働省「政府の取組」(2021年6月22日閲覧)
https://www.mhlw.go.jp/stf/covid-19/seifunotorikumi.html#h2_4
[2]社会保険診療報酬支払基金「統計月報」
[3]株式会社日経BP「日経メディカルOnline」2020年3月27日配信(2021年6月22日閲覧)
https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/report/t344/202003/564922.html
[4]公益社団法人 国民健康保険中央会「国保連合会審査支払業務統計」
[5]厚生労働省「薬事工業生産動態調査統計 月報」
[6]株式会社アールアンドディ(医療系市場調査会社)「歯科機器・用品年鑑2021年版」(毎年発行)
[7]日本歯科医師会2020年9月23日リリース「歯科医療に関する一般生活者意識調査」2020年9月23日配信(2021年6月22日閲覧)
https://www.jda.or.jp/jda/release/cimg/2020/DentalMedicalAwarenessSurvey_R2.pdf
[8]健康保険組合連合会「新型コロナウイルス感染症拡大期における受診意識調査」2021年3月29日(2021年6月22日閲覧)
https://www.kenporen.com/include/press/2021/20210326.pdf
[9]一般社団法人 日本歯科医学会連合「国民のみなさまへ その1 ウイルス感染に対抗する歯科の重要性」 2020年4月1日 加筆・更新(2021年6月22日閲覧)
http://www.nsigr.or.jp/coronavirus.html